3/5(木)山の手事情社『葵上』を観る

2026年3月 5日 Posted in 中野note
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↑「山の手事情社20年史」を思わず買ってしまう。清水宏さんも、倉品淳子さん
も端正に写っている。表紙を自分でアレンジせよというコンセプトだが、帰宅して
眺めるばかりで、手がつかない


今日はいろいろありました。
朝から医者に行き、関内に行って打ち合わせ。
その後、劇団集合や『ベンガルの虎』の本読みがオンラインであるので帰宅し、
方々からかかってくる電話に対応しながら、これを進めました。

もう一度、関内に行って、今度は県民ホールのオフィスで少しやり取りをして、
その後は下北沢に向かいました。今日、いちばん強い出来事は、タウンホール
で行われる山の手事情社の『葵上』公演でした。

劇が始まると、案外リラックスした3人の女性のコミカルな会話から始まって、
複数人で「六条御息所」を演じ、「葵上」を演じ、「光源氏」を演じる構成の
様式的な舞台が始まります。様式的ではあるけれども、謡曲の『葵上』以上
に物語には丁寧にアプローチしていて、『源氏物語』の一節としてのこの
物語を抜き出して、3人に関わる一連がかなりよくわかるように進行します。

面白かったのは、途中から「葵上」が、その都度、何を感じ恐れていたかを
語り出し、最後には、「光源氏」も心の内を語り出したことです。
通常、『葵上』という作品には、「六条御息所」の内面だけがあって、
「葵上」はただ苦しんでいるだけ、「光源氏」に至っては女性を渡り歩く
サイコパスともいえる動きしかしません。が、山の手事情社の劇では、
出来事に対して、三者が三様にどう生きたかが語られ、それがそれぞれ
に苦渋に充ちていました。

芥川龍之介の『藪の中』、黒澤明監督の『羅生門』に似た主観のぶつかり
合いがあり、それが同じ出来事を生きながらまったくそれぞれであることが
面白かった。良い芝居でした。

それにしても、この公演は、40年以上も続いてきた山の手事情社の
休団前最後の公演だと言います。終盤のシーンを観ていると、どうしても
センチメントにならざるを得ませんでした。舞台よ、終わるな、と言いたく
なるのです。そうして終演し、ロビーに出ると、劇に出ていない団員の方、
OBの方も含めて、受付についていらっしゃるのを見て、この公演への
思いが痛いほど伝わってきました。
どうか、今週末いっぱい、劇団そのものと、劇団だからこそできる集団性
と表現を味わい尽くして欲しいと願うばかりです。

その後は、急いで車の中に行って、オンライン打合せと長電話が一本
ありました。ほんとうはタウンホールに残ってもっと激励したかったけど、
叶わなかったので、ここで書きます。

谷洋介さん、鍵山大和さん、週末まで一瞬一瞬を味わい、どうかご自身の
持てる力を存分に出し尽くしてください! エール!!!!!

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