3/11(水)『ビニールの城』本読みWS 第5回 その②

2026年3月11日 Posted in 中野WS『ビニールの城』
昨日のつづきです。その後、2幕に進みました。
冒頭でさり気なくふれられることとして、1幕終わり、「朝顔」は黙って去った
そうです。あれだけの告白を「モモ」にされて、しかも、捨てられる「夕一」も
いて、憤る「夕一の」叔父さん「引田」もいて、それでも、「朝顔」がしたことと
いえば、黙って去るという消極性の局地。さすが、究極のコミュニケーション
不全、自分への引き篭もり、キャラクターがたっています。

結果、2幕に至ると「モモ」は姿を消し、「夕一」は「モモ」思い出を引きずり
ながら、「朝顔」を追いかけまわしています。「夕一」は低姿勢の極みで
「朝顔」に近づき、いずれ「朝顔」に接近してくる「モモ」との再会を狙っている
ようでもあります。

そうして始まる二人の会話がおもしろい。私的には、この場面は全編を
通じてもっとも読みがいのある白眉といえます。

引っ込み思案な男とひねこびた男が絡み合い、「夕一」のマゾヒズムが
炸裂します。どちらがより下手に出るか、という競い合いです。

そのなかに、ふたりの本当の欲望がかいま見える瞬間がたびたび
訪れ、このシーンのスパイスとなっています。

「夕一」はやはり、「モモ」を奪い返して独り占めしたいのです。
「朝顔」にも、やはり「モモ」と、他人と、ナマの女性と結ばれたいという
欲望がくすぶっています。

このシーンには、「ナマは嫌い」という「朝顔」を象徴する言葉も
飛び出し、「モモ」を「ビニール」が覆っているように、「朝顔」には
人形「夕ちゃん」がいて、世界とのナマの接触を避ける盾としての
機能を果たしていることがわかってきます。

近くても、遠さがある。遠さがないと、近すぎて安心できない。
こういう、現代人らしい志向がクッキリと浮かび上がって、
『ビニールの城』を通じて唐さんが描いた人間関係の現代性が
露わになりました。2幕冒頭、充実しています。

↓作務衣、着ています
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