3/13(木)新潟の佐藤さん

2026年3月13日 Posted in 中野note
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↑こういう衣裳の数々を、新潟の佐藤さんの支えでつくることができました

今日は、飯能のホテルでこれを書いています。
明日の早朝に飯能にいる必要があり、渋滞を恐れて、いっそ泊まることに
したのです。それにしても、今日の移動は長かった。

自宅→本郷→元町中華街→小田原→自宅→飯能

合計6時間半くらい運転して、さすがにくたびれました。
ところで、こういう時に思い出すのは、新潟の佐藤さんです。

新潟の佐藤さんは着物屋さんで、いつもハイエースに乗って走り回って
いました。確か、神戸あたりから、東京はもちろん、東は仙台あたりまで
着物を売りに行くのだと仰っていました。かなり長い移動距離だと私には
思われましたが、慣れている自分にはそれくらいの運転は何でもないのだと、
佐藤さんは言っていました。

着物を売りに行く時には、着物をお預かりすることもしたそうです。
着物は高価ですし、例えば、お客さんのお母さんのものだとか、
お祖母さんのものだとか、そういう気持ちや歴史のこもったものを、
お客さんとしては簡単に処分ができない。だから、結局は佐藤さんが
処分するのですが、お預かりして引き上げる、そういうことをなさって
いたんだそうです。

そして、ずいぶん唐ゼミ☆を助けてくださいました。
佐藤さんとは、大学院の先輩を通じて知り合ったのですが、私たちが
古い着物を必要だときいて、唐ゼミ☆が使いそうなものをいつも送って
くれました。『下谷万年町物語』『蛇姫様 わが心の奈蛇』といった和装の
多い作品は、佐藤さんの協力なしにはできませんでした。

そのうち、佐藤さんは大病をされ、自分がロンドンにいた2022年に
亡くなりました。最後に会ったのは、手術をされて仕事に復帰された時、
船橋に来られていた佐藤さんを目掛けて、椎野と会いに行きました。
最後に連絡を取り合ったのは、ロンドンにいる自分に、桜の景色を写真に
撮って送ってきてくださいました。

佐藤さんのお墓参りに行けていません。
不義理をしていると数年思いながら、今夜は運転ばっかりだったので、
佐藤さんのことを思い出しました。佐藤さんが教えて下さった
関内駅近くのトンカツ屋さんにずっと通って、ご店主と親しくなりました。
あの店の特大ロースカツをお供えしに、新潟に行かないと。
そう思って飯能で過ごしています。

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